BUTSU……透過する仏
まばゆい光の中から浮かび上がるのは、
薬師如来や観音の姿をした仏たち……。
近づくと、仏たちは金属や木、石ではなく、
私たちの身近な素材のそれも使用済みのダンボールであることに気付く。
ダンボールの波状の構造が持つ空洞だけでなく、
シルエットに沿ってダンボールを幾重にも重ねて作られた立体であることが、
そのダンボール同士の層の隙間からも光が透過し、
通常イメージする仏像の持つ重厚感を軽やかに拭い去り、
本当の意味で、胎内から光を放つ仏像を生み出している。
初めに仏像の中心の断面図をダンボールで切り出し、
その芯から側面へと、
常に仏像の立体感を念頭に、
流れるように重ねられたダンボールの層。
「BUTSU」の真正面に立つと、
幅を多く取りながら重ねられた層から透過する光によって、
まるでレントゲン写真のように仏の姿が浮かび上がり、
軽やかささえ感じるが、少し角度を変えると、
幾重にも重なった段ボールの層による仏の量感が一気に立ちはだかり、
角度によって見え方が激変することに驚かされる。
ダンボールはあえて、
使用済みの表面をそのまま見えるように貼り重ねられている。
様々なダンボールの表面が、カラフルで、ポップな表情を見せる。
テーマである「仏」を、
宙づりにして展示出来るほど、
重量の意味でも、存在の意味でも「軽い」ダンボールで
表現するギャップを楽しんでいるという。
人に使われて捨てられたダンボールと、
人に崇められる「仏」とのギャップ。
それでも、「BUTSU」の胎内には「輪」や「胎内仏」がきちんと納められており、
一体一体に魂が込められている。
「もの」を大事に再利用していくことが必須となっている昨今、
使用済みのダンボールから生まれる「BUTSU」は、
まさしく「エコアート」の象徴であり、
また、その軽やかでポップな印象は、
現代の私たちに新しい「仏」の姿を提示してくれる。
あまりにもはかないダンボールの一生。
そこに、本堀の手によって、
まるで、最後にひときわ輝く線香花火のごとく、
新たな命が吹き込まれ、ダンボールは「再生」し、
光を放ちながら空間に溶け込んでいく……。

